アイアンマントライアスロン、日本人初のトップ10入りまでの10年の歴史

1978年
トライアスロンの歴史は、この年オアフ島ワイキキビーチで始まりました。

その後10年。
日本人初のトップ10入りするまでのハワイ・アイアンマン・トライアスロン大会の
10年の歴史を紹介していきたいと思います。

ハワイアイアンマントライアスロンの歴史

1978年 2月18日
第1回 ハワイアイアンマントライアスロン大会

参加者 15名
完走者 12名

優勝者
ゴートン・ハラー 11時間46分


1979年 1月4日第2回大会

参加者 15名
完走者 12名

優勝者
トム・ワレン 11時間15分
リン・リメイヤ 12時間55分


1980年 1月10日第3回大会

参加者 108名
完走者 95名

優勝者
デイブ・スコット9時間24分
ロビン・ベック11時間21分

デイブ・スコット、当時27歳。
TVで初のアイアンマントライアスロン放映。


1981年 2月14日第4回大会

参加者 326名
完走者 299名

優勝者
ジョン・ハワード9時間38分
リンダ・スイーニー12時間00分

参加者が増加してきたため、開催地をオアフ島からハワイ島に移しました。
そして、初めて日本からの参加者が現れた。その時8名。


1982年 2月6日第5回大会

参加者 580名
完走者 541名

優勝者
スコット・ティンリー9時間19分
キャサリン・マッカートニー11時間09分

ジュリー・モスの這いながらのゴールが全世界に放映されました
これをきっかけにトライアスロン人気が加速しました。
この時の映像を見て、マーク・アレンやスコット・モリーナがトライアスリートへ。


1982年 10月9日第6回大会

参加者 850名
完走者 775名

優勝者
デイブ・スコット9時間8分
ジュリー・リーチ10時間54分

この年1982年は2回開催されました。
アメリカ東海岸やヨーロッパの選手が夏場に練習をしてハワイの大会に参加できるように
10月の開催に変更されたからです。


1983年 10月22日第7回大会

参加者 964名
完走者 835名

優勝者
デイブ・スコット9時間5分
パトリシア・プントス10時間43分


1984年 10月6日第8回大会

参加者 1036名
完走者 903名

優勝者
デイブ・スコット8時間54分
パトリシア・プントス10時間25分

デイブ・スコットが初の9時間切りを達成!
そして4回目の優勝!

日本の中山俊行が17位。


1985年 10月25日第9回大会

参加者 1018名
完走者 965名

優勝者
スコット・ティンリー8時間50分
ジョアン・エルネスト10時間25分


1986年 10月18日第10回大会

参加者 1039名
完走者 951名

優勝者
デイブ・スコット8時間28分
ポーラ・ニュービー・フレーザー9時間49分

女子1位でゴールした、パトリシア・プントスがドラフティングで失格になりました。


1987年 10月10日第11回大会

参加者 1380名
完走者 1284名

優勝者
デイブ・スコット8時間34分
エリン・ベーカー9時間35分


1988年 10月22日第12回大会

参加者 1277名

優勝者
スコット・モリーナ8時間31分
ポーラ・ニュービー・フレーザー9時間1分

そして、宮塚英也 9位!8時間57分!

12回目の大会で初めて日本人がトップ10入りしています。

まとめ

ハワイアイアンマントライアスロン開催から10年の簡単な記録を紹介しました。
トライアスロンという競技が生まれ、年々競技の規模は拡大してきて、向上してきていますね。

今後の発展と日本人の活躍が楽しみです。

 

 

ちゃちゃ
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